top of page
ミロクの郷の目指す世界


ゼロ磁場ドームとの出会い|人生が動き出した、あの日のこと
ゼロ磁場ドームという空間との出会いは、私の人生観を大きく変えました。なぜこの空間に惹かれたのか、その日感じたことをそのままお伝えします。

Miroku
4月25日読了時間: 7分


1軒目のミロクの郷、『キセキノ神河』にきた人の感想「なぜか懐かしい」という声の意味
ミロクの郷キセキノ神河 兵庫県のほぼ真ん中に、神崎郡神河町(かんざきぐんかみかわちょう)という町があります。 大阪や神戸からは少し距離があるものの、豊かな自然と山里の暮らしが残る、静かで美しい土地です。 この神河町に、「ミロクの郷 キセキノ神河」と名付けた、小さな場所があります。 これが、僕が構想している「素」に還る場所の、最初の一歩となる場所です。 今日は、その場所を訪れた方々の声と、そこで私が感じていることをお話しします。 最初にお断りしておくと、「ミロクの郷」も「キセキノ神河」も、何か特別な宗教的な場所ではありません。 ミロクという言葉は、古くから日本人のあいだで「未来に訪れる平和な時代」を象徴する言葉として親しまれてきました。 僕は、その言葉を、宗教的な意味合いとしてではなく、「誰もが自分らしく、穏やかに生きられる時代」という願いを込めて、場所の名前に使わせてもらっています。 キセキノ神河という名前には、ふたつの意味を込めました。 ひとつは、「軌跡」。 この土地の人々が代々重ねてきた暮らしの跡、営みの道筋。 もうひとつは、「奇跡」。...

Miroku
4月24日読了時間: 6分


争いのない世界へ 僕が諦めずに願い続けている小さな希望について
「争いのない世界」と書き始めるだけで、少し気恥ずかしさが湧いてきます。 理想論、きれいごと、夢物語。 そう切り捨てられる覚悟をしながら、それでも、この言葉を真正面から書いてみようと思います。 なぜなら、僕は、この言葉を諦めたくないからです。 世界では、今この瞬間も、戦争や紛争が続いています。 ニュースを開けば、誰かが誰かを傷つけ、誰かが泣いている映像が流れます。 そういう現実を前にして、「争いのない世界を目指します」などと言うのは、あまりにも無力で、無責任に響くかもしれません。 僕自身、自分がそんな大層なことを言える立場の人間だとは思っていません。 一介の個人として、特別な力もなく、ただ日々を生きているだけの存在です。 けれども、だからこそ、一人の個人として、この願いを持ち続けることには、意味があるのではないかと思うのです。 争いは、国と国の間だけで起こるものではありません。 職場の中で、家族の中で、友人関係の中で、そして自分自身の内側で。僕たちは日々、さまざまな規模の争いを抱えて生きています。 大きな戦争も、こうした小さな争いの延長線上にあるの

Miroku
4月24日読了時間: 6分


素直とは何か?大人になるほど難しい、この美しい言葉について
「素直」という言葉に、ずっと引っかかりを持ってきました。
子どもの頃から、大人たちに「素直でいなさい」「素直が一番だよ」と言われ続けてきたように思います。

Miroku
4月24日読了時間: 6分


「素」に還る場所をなぜつくりたいのか?僕が辿り着いた原点回帰の想い
僕には、ずっと心のなかで温めてきた想いがあります。 それは「素」に還る場所をつくりたい、という願いです。 「素」という言葉には、たくさんの意味が込められています。 素直、素朴、素足、素顔。 どれも、何かを削ぎ落とした先にある、もとの姿を表す言葉です。 装いを取り払い、肩書きを脱ぎ、守ってきた仮面を外して、ただの自分に戻る。 そんな時間を過ごせる場所が、今の日本にはあまりにも少ないように感じています。 僕自身、これまでの人生で何度も「もう、いっぱいいっぱいだ」と感じた瞬間がありました。 仕事、人間関係、社会の中で求められる役割。 氣づけば、いつも誰かの期待に応えるために走り続けていて、ふと立ち止まったときに「そもそも、私は何をしたかったんだろう」と自問することが増えていったのです。 そんな時、神河町の場所を訪れました。 ここで私は、久しぶりに「何もしなくていい自分」に出会いました。 スマホから離れ、清流越知川に足をつけて、風の音を聴き、ただ呼吸をする。 それだけで、涙が出るほど安心している自分がいたのです。 その体験は、私の中に大きな問いを残しまし

Miroku
4月2日読了時間: 5分
bottom of page