「素」に還る場所をなぜつくりたいのか?僕が辿り着いた原点回帰の想い
- 4月2日
- 読了時間: 5分

僕には、ずっと心のなかで温めてきた想いがあります。
それは「素」に還る場所をつくりたい、という願いです。
「素」という言葉には、たくさんの意味が込められています。
素直、素朴、素足、素顔。
どれも、何かを削ぎ落とした先にある、もとの姿を表す言葉です。
装いを取り払い、肩書きを脱ぎ、守ってきた仮面を外して、ただの自分に戻る。
そんな時間を過ごせる場所が、今の日本にはあまりにも少ないように感じています。
僕自身、これまでの人生で何度も「もう、いっぱいいっぱいだ」と感じた瞬間がありました。
仕事、人間関係、社会の中で求められる役割。
氣づけば、いつも誰かの期待に応えるために走り続けていて、ふと立ち止まったときに「そもそも、私は何をしたかったんだろう」と自問することが増えていったのです。
そんな時、神河町の場所を訪れました。
ここで私は、久しぶりに「何もしなくていい自分」に出会いました。
スマホから離れ、清流越知川に足をつけて、風の音を聴き、ただ呼吸をする。
それだけで、涙が出るほど安心している自分がいたのです。
その体験は、私の中に大きな問いを残しました。
「なぜ、僕たちはこんなに疲れているのか」
「なぜ、こんなにも当たり前の感覚を失ってしまったのか」。
そして同時に、もうひとつの想いが芽生えました。
「この感覚を、他の誰かにも届けたい」と。
現代社会は、本当に便利になりました。
検索すれば答えはすぐに見つかり、欲しいものは翌日に届き、会いたい人とは画面越しにすぐ繋がれます。
けれども、その代わりに僕たちが失ってきたものも、たくさんあるように思うのです。
たとえば、沈黙の心地よさ。
たとえば、季節の移ろいを肌で感じる感覚。
たとえば、誰かと目を合わせて、ゆっくり話す時間。
こうした「何でもない豊かさ」が、情報と刺激の洪水のなかで、どんどん押し流されていっているように感じます。
僕は、医療や心理の専門家ではありません。
だから、誰かを治すとか、誰かを導くとか、そういう大それたことを言うつもりはないのです。
ただ、僕自身が救われた感覚を、場所というかたちにして差し出したい。
そう思っています。
この場所は、何か特別なことをするところではありません。
むしろ、何もしないためにある場所です。
木々に囲まれ、土に触れ、清流の音を聞き、空を見上げる。
それだけのことを、誰にも急かされずに、誰にも評価されずに、ただ自分のために過ごす。そんな時間を取り戻すための器でありたいのです。
僕がこの構想を話すと、多くの人が共感してくれます。
「疲れてるんだよね」
「本当は、そういう場所が欲しい」
「最近、何が楽しいのかわからなくなってた」。
そうした声を聞くたびに、これは私ひとりの問題ではないのだと確信が深まっていきました。
一方で、「そんなの、ただの逃避じゃないの」
「現実から離れても、結局また疲れに戻るだけでしょう」という声もあります。
その指摘は、半分正しいと思います。
たしかに、一度離れただけで全てが解決するわけではありません。
けれども、僕が目指しているのは、逃避の場所ではないのです。
「再接続」の場所、と呼ぶほうが近いかもしれません。
自分の身体と再接続する。自然と再接続する。
そして、自分が本当に大切にしたいものと、もう一度繋がり直す。
その体験を持ち帰って、日常のなかに少しずつ織り込んでいく。
そういう場所をつくりたいのです。
この想いを形にするために、僕は今、ある挑戦を準備しています。
兵庫県神河町という、豊かな自然に抱かれた場所で、構想は少しずつ進んでいます。
建物のこと、素材のこと、水のこと、空気のこと。
ひとつひとつ、妥協せずに選んでいきたいと考えています。
なぜ妥協しないのか?。
それは、「素」に還るための場所が、合成された素材や、不自然な環境でつくられていては、本末転倒だからです。
本物の場所で、本物の時間を。
このシンプルな軸だけは、絶対に譲りたくないのです。
これから、このブログを通して、その構想の中身を少しずつお伝えしていきます。
僕が出会った人たち、素材たち、そして辿り着いた考え方。
ひとつひとつの記事が、「素」に還るという言葉の輪郭を、少しずつ描いていく地図になればと思っています。
もし、読んでくださっているあなたが、今少し疲れているなら。
もし、「本当の自分って何だろう」と感じる瞬間があるなら。
どうか、焦らなくて大丈夫です。
答えを急がなくていい。
ただ、ときどきこのブログに戻ってきてもらえたら、そこに小さな休憩所があるように感じてもらえたら、それだけで嬉しいのです。
僕は、派手な成功を目指しているわけではありません。
ただ、ひとりでも多くの人が、自分のなかにある「素」を思い出せる場所を、この地上に増やしていきたい。
そのために、できることを、ひとつずつ積み上げていこうと決めました。
次の記事では、僕の想いが具体的な形を持ち始めるきっかけとなった、ある特別な時空間との出会いについてお話しします。
それは、「ゼロ磁場ドーム」という、少し不思議な響きを持つ時空間でした。
その出会いが、どのように私のなかで種になり、芽吹いていったのか。
続きでお会いできれば嬉しいです。
最後に、ひとつだけ。「素」に還るという言葉は、何かを手に入れる言葉ではなく、手放す言葉です。
足していくのではなく、引いていく。
戻っていく。
思い出していく。
その引き算のなかにこそ、本当の豊かさがあるのではないかと、僕は信じています。
このブログを読んでくださって、ありがとうございます。
これからどうぞ、よろしくお願いいたします。
Miroku
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