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ゼロ磁場ドームとの出会い|人生が動き出した、あの日のこと

  • 4月25日
  • 読了時間: 7分

人生には、後から振り返って「あの日が分岐点だった」と思える瞬間があります。


僕にとってそれは、初めてゼロ磁場ドームという空間に身を横たえた日でした。

ゼロ磁場ドームに横たわる

その日まで、僕の「ゼロ磁場」についての知識といえば、長野県の分杭峠とか。


陰と陽のエネルギーが統合される場所や、ボルテックス。


名称を知っている程度でした。


言葉は知っていても、耳にしたことはあっても、深くは知らなかったんです。


ゼロ磁場ドームを体験してみませんか?


知人に誘われ、興味本位で、正直に言えば、半信半疑のままついていったのです。


何かが、静かに止まった


ドームの中に横たわった瞬間。


僕のなかで、何かが静かに止まりました。


うまく言葉にできません。


光の感じ方が違うとか、空気の密度が違うとか、そういう具体的な説明ではなくて、ただ、自分の内側にあった騒がしさが、すっと静かになる感覚でした。


ずっと鳴り続けていたBGMが、突然止んだような。

そんな体験でした。

これはゼロ磁場のイメージです
これはゼロ磁場のイメージです

これは、あくまで僕の主観です。


科学的に証明された何かではなく、僕個人が、その場所で感じたこと。


だから「あなたもきっとそうなる」とは言いません。


人によっては「別に何も感じなかった」ということもあり得ると思います。


それでいいのです。


大切なのは、僕がそう感じた、という事実が、僕のなかで確かに起こったということ。


それは、


数万の銀河が、目の前に広がった


ドームの中でで、僕は15分ほど横になっていました。


(後から聞いて驚きましたが、何時間にも感じていました。)


何をするでもなく、目を閉じて、呼吸をしていただけです。


いつものように、「すーっ」と呼吸を整えて、思考をフラットな状態にしたとたん。


僕の目の前に、無数の銀河群が広がったのです。


数千、いや、数万、それ以上だったかもしれません。


とても落ち着いて、豊かさに満ちた心持ちでした。


何の不安もなく、ただただ、満たされていました。


そこで僕は、何をしているか。


何もしていませんでした。


ただ、在るだけの存在。


ひとつの、小さな光の一粒だったのです。


意識を向けた先が、現れる


僕は、ひとつの銀河に意識を向けてみました。


「銀河に意識を向けたから現れた」と言うより、「意識を向けた先が、現れた」と言ったほうが、感覚的には近い気がします。


量子の世界で言うところの「観測問題」のようなものなのかもしれません。


観測されるまで存在は確定しない。


意識が向けられて初めて、それは形を持つ。


そんな世界に、僕はいたのです。


ためしに、地球を探してみよう、と思いました。


僕たちの銀河が現れて、太陽系が現れて、地球が現れて、日本が現れて。


すぐに、僕を見つけることができました。


それは、今の僕。


どちらも本当の僕でした。


面白いことが浮かび上がりました。


もしかして、今時空を超越しているんじゃないの?


過去に行けるかも?


そして、ずっと忘れていた記憶が、ふっと浮かんできたのです。



縁側で昼寝をしていた、あの夏の午後


それは、子どもの頃、祖母の家の縁側で昼寝をしていたときの感覚でした。


畳の匂い。風鈴の音。


遠くで聞こえる蝉の声。


特別なことは、何も起きていない、ただの午後の風景でした。


けれども、そのとき僕は、完全に満たされていたのです。


何も足りないものがなく、何も不安がなく、ただ、そこに在るだけで幸せだった。


大人になってから、こんな風に満たされた瞬間が、果たしてどれくらいあっただろうか。


そう考えて、思わず、涙がこぼれました。


「何なんですか?ここは!」


ドームを出るとき、僕は案内してくれた方に、思わず聞いてしまいました。


「この空間は、何なのですか」と。


その方は、少し笑って、こう答えてくれました。


「本当の意味では、私にもまだわかりません。


ただ、ここに来た人が、それぞれに何かを持ち帰る場所です」


その答えが、僕にはとても誠実に響きました。


「これは◯◯に効く」「こういう効果がある」と断言するのではなく、「人それぞれが何かを受け取る場所」という余白のある表現。


それこそが、本物の場所が持つべき姿勢なのではないかと、後から振り返っても思います。


帰り道、車のなかで僕は、ずっと黙っていました。


頭のなかで何かが整理されていく感覚があったのです。


そして家に着いたとき、気づけば手帳を開いて、こう書いていました。


「素に還る」場所に必要だ」


それが、僕の今の挑戦の、本当の始まりだったのかもしれません。


願いは、見ないフリをしても消えない


もちろん、すぐに行動できたわけではありません。


しばらくは、その言葉を見ないフリをしていました。


だって、無謀すぎるでしょう。


ミロクの郷をゼロ磁場の施設にする。


お金は。人は。


考えるべきことが多すぎでした。


けれども、一度芽吹いた種は、かんたんには消えてくれないものです。


日々の合間に、ふと、あの空間を思い出す。


疲れた夜、あの静けさがあれば、と願う。


街の喧騒のなかで、目を閉じると、あのドームの内側に自分を戻したくなる。


そういう感覚が、少しずつ、少しずつ、強くなっていったのです。


言葉ではなく、空間そのもので伝えたい


僕は、「ゼロ磁場」という言葉そのものに、特別にこだわっているわけではありません。


むしろ、その言葉に過剰な意味づけがなされることを、少し警戒しています。


大切なのは、あの空間に満ちていた「静けさ」であり、「余白」であり、「素でいいという許可」のような感覚だからです。


その感覚を、言葉ではなく、空間そのものに宿らせたい。


来た人が、理屈を越えて、知覚で受け取れる場所。


訪れた人が、自分の内側と、もう一度出会える場所。


そういう空間を、つくりたいと思っています。


そう決めてから、僕の周りには、不思議と、必要な人たちが集まってきてくれました。


同じ想いを持つ仲間たち。


構想を口にするたびに、次の扉が、ひとつずつ、ひとつずつ開いていくような感覚があります。


これも主観ですが、あの日のゼロ磁場ドームでの体験が、僕の心の周波数のようなものを、少しずらしてくれたのかもしれない、と今は感じています。


あなたが、自分自身と再会する場所


このブログでは、これから、その道のりを少しずつ記録していきます。


僕が出会った人・物・事。


氣が良い場所、高波動の場所には、気が良い人・事・物。

光波動な人・事。物が集まると言われています。


、「一人の人間が、本気で願ったときに、どんな風に世界が応えてくれるか」


人の想いが形になっていく、ささやかな記録でもあります。


そして、いつか——


このブログを読んでくださっているあなたにも、ミロクの郷のゼロ磁場ドームで、横になっていただきたいと思っています。


あなたがあなた自身と、もう一度出会う場所として。


あなたが本当に望んでいたものを、思い出す場所として。


僕がそうだったように、あなたにも、あなただけの「銀河」が広がるかもしれません。


あるいは、誰にも話したことのない、子どもの頃のあの夏の記憶が、ふと甦ってくるかもしれません。


そこで何を受け取るかは、あなただけのものです。


僕は、ただ、その器をつくる人でありたい。


あなたにも、見ないフリをしている願いがありませんか


もし、あなたにも——


何度も頭のなかに浮かんでくるのに、見ないフリをしている願いがあるなら。


少しだけ、それを紙に書いてみてほしいのです。


それがどれだけ無謀に思えても、書くという行為には、不思議な力があります。


僕の「素」に還る場所をつくりたい」も、最初はただの走り書きでした。


けれども、その走り書きが、少しずつ仲間を呼び、素材を呼び、場所を呼び、今こうしてブログの記事として、あなたに届いているのです。


次の記事では、この構想を支えるもうひとつの大切な要素、「古代ソマチッド」についてお話しします。


これもまた、科学的に全てが解明されているわけではない、けれども僕にとっては深く心惹かれる概念です。


僕自身の言葉で、丁寧にお伝えしますね。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


あのドームで感じた静けさが、画面越しに、少しでも届いていたら幸いです。



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